抹茶不足の実相とてん茶増産の課題

黒い被覆資材の下でてん茶の茶葉を手摘みする日本の生産者と、背景に見える石臼のある茶園

世界的な抹茶ブームが続く一方で、「抹茶不足(Matcha Shortage)」という言葉が海外メディアでも繰り返し取り上げられています。需要が急伸するなかで、なぜ供給はすぐに追いつかないのでしょうか。本稿では原料てん茶をめぐる価格高騰の実態と、生産の構造的な制約、そして産地・サプライチェーンの再構築の動きを整理します。

「抹茶不足」はなぜ起きたのか

抹茶不足の直接的な引き金は、需要と供給の伸び方の差にあります。輸出と訪日需要の双方が短期間で急拡大したのに対し、原料であるてん茶の生産量はゆるやかにしか増やせません。この需給ギャップが、高級グレードを中心とした品薄と価格上昇を招きました。京都などの老舗茶舗が抹茶製品の価格改定に加えて購入数量の制限を継続しているのは、国内販売分と輸出向け需要の集中を調整せざるを得ない状況を映しています。

価格面の変化は数値にも表れています。2026年産てん茶の入札価格は1キログラムあたり1万円台に到達し、前年比で約2倍の高値を更新しました。原料コストの上昇は最終製品の価格へと波及し、抹茶がかつての「手頃な嗜好品」から「争奪される希少原料」へと位置づけを変えつつあることを示しています。

てん茶入札価格の推移(円/kg・概念値) 0 5,000 10,000 3,200 2023産 5,300 2025産 10,500 2026産
上昇前 上昇期 2026年産(約2倍)

報道等をもとにした概念値。等級や取引時期により価格は大きく異なります。

てん茶生産の構造的な制約

需要が伸びても供給がすぐに追いつかない理由は、てん茶という原料の性質そのものにあります。てん茶は、収穫前の一定期間、茶園を黒い資材で覆う「被覆栽培」によって育てられます。日光を遮ることで渋み成分を抑え、うま味と鮮やかな緑色を引き出す手間のかかる工程です。この被覆設備や、摘み取った葉を蒸して乾燥させる碾茶炉、さらに仕上げに用いる石臼には相応の投資が必要で、一朝一夕に生産能力を増やすことはできません。

加えて、茶樹は植栽してから本格的に収穫できるようになるまで数年を要します。煎茶向けの茶園をてん茶向けに転換する場合も、栽培管理や設備の切り替えに時間がかかります。担い手の高齢化と労働力不足も制約を強めており、手摘みを含む繊細な作業を担う人材の確保は容易ではありません。こうした要因が積み重なることで、供給は需要のカーブに数年単位で遅れて反応する構造になっています。

  • 被覆栽培・碾茶炉・石臼など設備投資の負担が大きい
  • 茶樹の植栽から収穫まで数年を要し供給の反応が遅れる
  • 担い手の高齢化と労働力不足が増産の足かせとなる

産地とサプライチェーンの再構築

制約は大きいものの、産地では増産に向けた動きが着実に広がっています。鹿児島や静岡をはじめとする各産地で、煎茶向け茶園からてん茶への転換や、碾茶炉の増設といった設備投資が加速しています。宇治や西尾といった伝統産地に加え、大規模な平坦地で機械化を進めやすい産地が生産を拡大することで、供給の裾野を広げようとする構図です。国政レベルでも、参議院の調査室が「茶の輸出拡大―抹茶供給体制の現状と課題」と題するレポートを公表するなど、てん茶増産の制約と支援策のあり方が議論されています。

てん茶から抹茶ができるまでの工程 被覆 栽培 摘採 蒸し・ 乾燥 碾茶 (原料) 石臼 挽き 完成 → 抹茶(粉末)
栽培・摘採 一次加工(碾茶) 仕上げ(抹茶)

各工程に設備と時間を要するため、増産の反応には遅れが生じます。

サプライチェーンの側でも、原料調達の安定化に向けた工夫が進んでいます。輸出事業者が産地問屋や生産者と長期的な契約関係を結び、必要量を計画的に確保する動きや、越境ECや直接輸出を通じて中間コストを抑えつつ鮮度を保つ取り組みが広がっています。原料の等級ごとに用途を切り分け、希少な高級グレードは飲用向けに、加工適性の高いグレードは製菓・飲料原料へと振り分けることで、限られた供給を有効に活用する発想も重要になっています。

持続的な供給に向けた論点

抹茶不足は、単なる一時的な品薄ではなく、急拡大した需要に供給体制がどう向き合うかという構造的な課題を映し出しています。増産投資は進んでいるものの、その効果が数量として表れるまでには時間がかかります。その間、価格の高止まりや調達競争は続くと見込まれ、事業者には原料確保の見通しを持った計画的な調達が求められます。産地との継続的な関係、複数の調達先の確保、そして品質を保つためのトレーサビリティ整備が、供給リスクへの備えとして意味を持ちます。

同時に、気候変動による生育環境の変化や、担い手の確保といった中長期の論点も無視できません。持続的な供給を実現するには、目先の増産だけでなく、産地の生産基盤そのものを維持・強化していく視点が欠かせません。抹茶不足という言葉の背後にあるのは、世界に評価される日本の茶をいかに安定して届け続けるかという問いです。詳しくは当サイトのてん茶供給将来展望のページもあわせてご覧ください。

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