急拡大する輸出市場の現在地
抹茶・日本茶の輸出市場は、いま日本の農林水産物輸出の中でも突出した成長分野となっています。財務省貿易統計によれば、2025年の緑茶輸出額は約721億円に達し、前年(2024年・約364億円)から約2倍という異例の伸びを記録しました。輸出数量も約1万2,600トンと、実に71年ぶりに1万トンの大台を超えています。10年前の2015年の輸出額が約101億円であったことを踏まえると、日本茶輸出はおよそ10年で約7倍に拡大した計算になります。
この成長を牽引しているのが抹茶です。海外では抹茶ラテや抹茶スイーツが日常的な選択肢として定着しつつあり、粉末状の緑茶、すなわち抹茶・粉末茶が輸出金額の中心を占めるようになりました。かつて日本茶輸出といえば煎茶のリーフ茶が主役でしたが、現在は「Matcha」という言葉がそのまま国際的な商品カテゴリーとして通用する時代に変わっています。
本ページでは、貿易統計や農林水産省の公表資料に基づき、抹茶・日本茶輸出市場の規模と推移、品目構成、主要仕向け先の構造を整理します。この市場への参入や取引を検討するビジネスユニットの皆様が、業界の全体像を短時間で把握できることを目的としています。
視野を少し広げると、この成長の意味がより鮮明になります。日本の農林水産物・食品の輸出全体は2025年に1兆5,000億円を超える規模に達したとされますが、その中でも茶は伸び率で突出した重点品目です。国内の緑茶消費が人口減少とともに縮小を続ける一方、輸出は生産額に対する比率を年々高めており、茶業界にとって輸出はもはや補助的な販路ではなく「第二の柱」となりました。明治期の日本において茶が生糸と並ぶ主要輸出品であったことを思えば、およそ150年の時を経て、茶が再び輸出産業として脚光を浴びていることになります。
なお、統計を読む際には品目区分に注意が必要です。財務省貿易統計の「緑茶」には、抹茶のほか粉末茶、煎茶などのリーフ茶、ティーバッグが一括して含まれており、「抹茶」単独の公式統計は存在しません。ただし、業界推計では粉末状の茶が輸出金額の大半を占めるとされており、本サイトでは「緑茶輸出の成長はほぼ抹茶輸出の成長である」という業界の共通認識に沿って記述しています。
輸出額の推移―10年で約7倍
緑茶輸出額の推移を時系列で追うと、成長のフェーズが明確に見えてきます。2015年に約101億円だった輸出額は、和食ブームと健康志向を背景に緩やかに増加し、2021年に初めて200億円を突破しました。その後、2023年に約292億円、2024年に約364億円と加速し、2025年には約721億円と前年比約2倍のジャンプを見せています。単年でこれほどの伸びを示した品目は、日本の農林水産物・食品輸出全体を見渡してもほとんど例がありません。
図1: 緑茶(抹茶含む)輸出額の推移。財務省貿易統計に基づく概数(億円)。2025年は前年比約2倍の約721億円で過去最高。
2025年の急伸には複数の要因が重なっています。第一に、SNSを起点とした世界的な抹茶ブームが本格的な消費拡大期に入ったこと。第二に、原料てん茶の供給不足を背景に取引価格が大幅に上昇し、輸出単価そのものが切り上がったこと。第三に、円安基調が続き、海外バイヤーにとって日本産抹茶の調達がしやすい環境が維持されたことです。つまり「数量の増加」と「単価の上昇」が同時に起きた結果としての倍増であり、この点は市場を評価するうえで重要な視点となります。
なお、輸出数量は2025年に約1万2,600トンと前年比約1.4倍でした。金額の伸び(約2倍)が数量の伸びを大きく上回っていることからも、単価上昇の寄与が大きいことが読み取れます。事業計画上は、数量ベースと金額ベースの成長率を分けて把握することが不可欠です。
品目構成と単価の動き
緑茶輸出の品目構成を見ると、抹茶・粉末茶の存在感が圧倒的です。輸出される緑茶のうち、金額ベースでは抹茶を中心とする粉末状の茶が過半を大きく超えるとされ、リーフの煎茶、ティーバッグ、玉露などがそれに続きます。海外の消費者にとって、湯を注いで急須で淹れる煎茶よりも、ラテやスムージー、製菓材料として使える粉末の抹茶のほうが取り入れやすいという実需の違いが、この構成に反映されています。
| 品目 | 金額構成の目安 | 主な用途 | 単価の傾向 |
|---|---|---|---|
| 抹茶・粉末茶 | 過半〜7割程度 | カフェ飲料、製菓、食品加工、化粧品 | 高単価。てん茶高騰でさらに上昇 |
| 煎茶(リーフ) | 2〜3割程度 | 家庭用リーフ茶、専門店、ギフト | 中位。有機・シングルオリジンは高値 |
| ティーバッグ・粉末飲料 | 1割前後 | 量販店、ホテル、外食チェーン | 低〜中位。利便性で数量が伸長 |
| 玉露・かぶせ茶ほか | 数% | 高級専門店、ファインダイニング | 最高値帯。数量は限定的 |
単価面では、2024年後半から2026年にかけて原料てん茶の取引価格が急騰したことを受け、輸出用抹茶の価格改定が相次ぎました。高級な茶道用グレード(いわゆるセレモニアルグレード)は品薄が続き、カフェ・製菓用のグレードにも価格上昇が波及しています。輸出額の伸びの一部は、こうした値上げによる名目的な増加であることも押さえておくべきポイントです。
品目構成に関連して、「抹茶」という言葉の定義にも触れておきます。日本茶業中央会は抹茶を「覆い下栽培した茶葉(てん茶)を、茶臼等で微粉末状に製造したもの」と整理しており、被覆せずに栽培した煎茶を粉砕した「粉末緑茶」とは区別されます。しかし海外市場ではこの区別が必ずしも浸透しておらず、粉末緑茶が「Matcha」として流通する例も少なくありません。輸出統計上はいずれも緑茶に含まれるため、市場規模を評価する際には、この定義の揺らぎが数字に含まれていることを理解しておく必要があります。
主要仕向け先の構造
仕向け先の構造を見ると、最大の市場は米国です。緑茶輸出額のおよそ4割強を米国向けが占めるとされ、カフェチェーンやスペシャルティコーヒー店での抹茶ドリンク、健康食品・スムージー用途の粉末茶需要が中心となっています。次いでドイツ・フランス・オランダなどのEU圏、台湾・シンガポールなどのアジア、さらに中東・オセアニアへと市場の裾野が広がっています。
| 仕向け先 | 金額シェアの目安 | 需要の特徴 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 米国 | 約4割強 | カフェ飲料・健康食品・EC。抹茶ブームの震源地 | 関税動向、FDA規制への対応 |
| EU・英国 | 約2割 | オーガニック志向が強く有機抹茶が主流 | 残留農薬基準が世界で最も厳格な水準 |
| 台湾・アジア | 約2割 | 製菓・飲料原料、贈答用の高級茶 | 日本ブランドの信頼が強み。競合も増加 |
| 中東・豪州ほか | 約1〜2割 | 富裕層向けカフェ、ハラール対応食品 | 新興市場として成長率が高い |
注目すべきは、単一市場への依存ではなく、複数地域で同時に需要が立ち上がっている点です。これは一過性のブームに終わりにくい構造である一方、各国で異なる食品規制・認証要件への対応コストが発生することも意味します。仕向け先ポートフォリオの設計は、輸出事業の収益性を左右する重要な論点です。
米国依存と通商リスク
最大市場である米国については、2025年に通商政策の変動があり、日本産品への関税措置の行方が業界の重大な関心事となりました。関税コストを日本側・米国側のどちらが負担するかは契約交渉の焦点であり、輸出者にとっては、米国一極集中のリスクをEU・アジア・中東への販路多角化でどう緩和するかが現実的な経営課題になっています。実際、2025年の輸出統計では米国向けの伸びと並んで、ドイツやアラブ首長国連邦など新興仕向け先の高い成長率が確認されています。
単価の地域差にも注目すべきです。EU向けは有機認証品が中心となるため平均単価が高く、アジア向けは業務用の大口取引で数量が出やすいという対照的な構造があります。「どの市場で、どのグレードを、どの価格帯で売るか」という組み合わせの設計こそが、輸出事業の粗利構造を決める実務上の要諦と言えるでしょう。
事業者への示唆とまとめ
抹茶・日本茶輸出市場の現況を総括すると、「需要は世界的に拡大しているが、供給が追いつかず、単価が切り上がっている市場」と言えます。この構造は、既に原料調達ルートを持つ事業者にとっては追い風ですが、新規参入者にとっては原料確保が最初の関門となることを意味します。
- 2025年の緑茶輸出額は約721億円・前年比約2倍、10年で約7倍に拡大
- 成長の中心は抹茶。金額ベースでは粉末茶が過半を大きく超える
- 金額の伸びは「数量増」と「単価上昇」の複合。両者を分けた分析が必要
- 米国が最大市場で約4割強。EU・アジア・中東と多極的に拡大
- 原料てん茶の供給制約が市場全体のボトルネック
本サイトでは、この全体像を出発点として、世界の抹茶需要の構造、てん茶の供給体制と価格高騰、主要産地の動向を個別に掘り下げています。市場規模の数字の背景にある実態を、ぜひ各ページで確認してください。
最後に、この市場を継続的に観測するための指標を挙げておきます。毎月の財務省貿易統計(緑茶の輸出金額・数量・仕向け先)、春に行われるてん茶の入札価格、農林水産省の茶関係統計(栽培面積・荒茶生産量)、そして主要産地の新植・改植の動向です。これらを定点観測すれば、需給の転換点をいち早く捉えることができます。急成長市場だからこそ、データに基づく冷静な現状把握が、意思決定の質を左右します。