茶園から海外店頭まで
一杯の抹茶ラテが海外のカフェで提供されるまでには、茶園での被覆栽培から始まり、荒茶加工、仕上げ・粉砕、包装、輸出通関、海上・航空輸送、現地流通という長い道のりがあります。抹茶・日本茶の輸出サプライチェーンは、伝統的な多段階の商流の上に、越境ECや産地直接輸出といった新しいチャネルが重なる形で急速に多様化しています。
サプライチェーンの設計が重要なのは、抹茶が「鮮度商品」だからです。抹茶は光・酸素・温度・湿度に敏感で、管理を誤れば数週間で鮮やかな緑色が退色し、香味も劣化します。つまり、誰がどの段階で在庫を持ち、どんな温度帯で運ぶかという物流設計そのものが、店頭での品質、ひいてはブランド価値を決定づけます。本ページでは、輸出サプライチェーンの構造、チャネル別の特徴、品質保持の実務を整理します。
2025年の輸出急増は、このサプライチェーン全体に大きな負荷をかけました。輸出数量が前年の約1.4倍に膨らんだことで、産地の仕上げ加工能力、輸出用包装資材、定温輸送枠、通関・検査体制のそれぞれにボトルネックが顕在化し、リードタイムの長期化が業界共通の悩みとなりました。輸出を安定した事業として成立させるには、単に売り先を確保するだけでなく、チェーン全体の処理能力を見通した計画づくりが不可欠になっています。
サプライチェーンの構造
輸出抹茶の標準的なサプライチェーンは、以下のような多段階構造になっています。特徴的なのは、産地の「仕上げ・粉砕」工程に付加価値が集中している点です。てん茶の状態で輸出して海外で粉砕する形態もありますが、品質管理の観点から、国内で抹茶に仕上げてから輸出するのが主流です。
- 茶園(生産者)被覆栽培でてん茶原葉を生産。生産法人・農協が集出荷
- 荒茶工場蒸熱・碾茶炉乾燥で荒茶(碾茶)に一次加工
- 産地問屋・メーカー合組(ブレンド)・火入れ・石臼粉砕で抹茶に仕上げ
- 包装窒素充填・遮光包材で酸化を防止。小袋・業務用缶に充填
- 輸出者商社・メーカー・産地問屋が通関・船積みを手配
- 輸入者・現地流通現地ディストリビューターがカフェ・小売・ECへ供給
図1: 抹茶輸出の標準的なサプライチェーン。産地の仕上げ・粉砕工程に付加価値が集中する。
原料高騰以降、この構造には変化が生じています。川下の海外ブランドが原料を確保するために産地問屋や生産法人と直接契約を結ぶ「川上への遡り」が活発化し、従来は商社が担っていた需給調整機能の一部が、産地と海外バイヤーの直接交渉に置き換わりつつあります。もう一つのボトルネックが粉砕能力です。抹茶の需要が急増しても、石臼や微粉砕機の増設には投資と設置スペース、そして品質を管理できる人材が必要であり、てん茶があっても抹茶に挽けないという状況が実際に発生しました。産地では粉砕工場の新設・増強が相次いでおり、加工能力の拡大が輸出数量の伸びを支えるインフラ投資となっています。安定調達を求める買い手と、高値で売りたい産地の利害が一致した動きと言えます。
在庫リスクの持ち方の変化
従来のサプライチェーンでは、産地問屋が春の一番茶期にてん茶を仕入れ、冷蔵庫で熟成・保管しながら年間を通じて抹茶に仕上げて出荷する、つまり問屋が在庫リスクを引き受ける構造が基本でした。てん茶は低温で保管すると香味が落ち着き品質が安定するため、この「冷蔵在庫」は単なる物流機能ではなく、品質を作り込む工程の一部でもあります。年間を通じて味と色を一定に保つブレンド(合組)の技術と冷蔵在庫の厚みこそが、産地問屋の競争力の核でした。しかし原料高騰以降は、海外バイヤーによる収穫前の予約買い・前払いが広がり、在庫リスクの一部が川下へ移転しています。また、欧米の需要地に保税・定温倉庫を確保し、現地在庫から即納する体制を整える輸出者も増えました。納期の短縮は越境ECやカフェ向けの補充需要で強力な競争力となるため、現地在庫モデルへの投資は今後も拡大するとみられます。
3つの輸出チャネル比較
輸出チャネルは大きく「商社経由」「直接輸出」「越境EC」の3つに分類できます。それぞれ求められる社内体制とリスクが異なるため、事業規模と目的に応じた使い分けが基本になります。
| チャネル | 主な担い手 | 利点 | 課題・リスク |
|---|---|---|---|
| 商社経由 | 総合商社・食品専門商社 | 手続き・与信・物流を一括委託でき、参入障壁が低い | マージン分の収益性低下。顧客接点を持てない |
| 直接輸出(B2B) | 製茶メーカー・産地問屋・生産法人 | 高い利益率と顧客関係。ブランド構築が可能 | 規制対応・与信・クレーム対応を自社で負担 |
| 越境EC(B2C) | 茶舗・D2Cブランド・ECモール出店者 | 小ロットから開始可能。消費者データが得られる | 配送コスト高。各国の食品表示・通関ルール対応 |
近年の特徴は、中小の茶舗や生産法人がECモールや自社サイトを通じて海外消費者に直販する動きの広がりです。高単価のシングルオリジン抹茶や茶道具とのセット販売など、小規模でも成立する高付加価値モデルが登場しており、輸出の裾野を広げています。一方、大口の業務用需要は依然として商社・メーカーの直接取引が中心で、チャネルの二極化が進んでいます。
越境ECの実務ポイント
越境ECの実務では、国際クーリエによる小口配送のコストと、各国の食品持ち込み・輸入規制への対応が採算の分かれ目になります。少額貨物への免税枠は国によって制度が異なり、米国では制度変更の動きが事業者の関心を集めました。一方で、抹茶は軽量・高単価・リピート性が高いという越境EC向きの商品特性を持ち、定期購入モデルとの相性も良好です。顧客の購買データから需要の変化を直接観測できる点は、卸売にはない戦略的な価値であり、ECで得た知見をB2B取引の提案に活かす事業者も現れています。
チャネル選択の判断軸を整理すると、(1)扱う数量とロットサイズ、(2)自社で負担できる規制・与信リスクの範囲、(3)顧客との関係をどこまで自社で持ちたいか、の3点に集約されます。創業期は商社経由で市場を学び、実績とともに直接輸出へ移行し、ブランドが確立した段階で越境ECを重ねるという段階的な進化が、実際に多くの輸出事業者が辿ってきた経路です。重要なのは、チャネルを排他的に選ぶのではなく、商品グレードと顧客セグメントごとに使い分けるポートフォリオの発想です。
物流と品質保持の要点
抹茶物流の最大のテーマは品質保持です。長期の海上輸送では、赤道通過時のコンテナ内温度上昇が退色・香味劣化の主因となるため、高級品を中心にリーファー(定温)コンテナの利用が広がっています。包装段階では窒素充填や脱酸素剤、アルミ蒸着の遮光包材が標準となり、現地到着後の保管も冷蔵が推奨されます。急ぎの補充や高級品には航空輸送が使われ、輸送モードの使い分けが定着してきました。
図2: 緑茶輸出数量の推移(財務省貿易統計に基づく概数)。2025年は71年ぶりに1万トンを超え、物流量も急拡大している。
輸出数量が71年ぶりに1万トンを超えたことで、産地側の物流インフラにも投資が向かっています。定温倉庫の増設、輸出用の窒素充填ラインの導入、ロット追跡(トレーサビリティ)システムの整備などが代表例です。品質クレームは一度発生するとブランド全体の信頼を損なうため、物流投資は「守りのコスト」ではなく「ブランド投資」として位置づけられるようになっています。
輸送モードの選択は、商品特性と商流に応じて細分化が進んでいます。大口の業務用は海上リーファーが基本ですが、新茶シーズンの立ち上がり商品や高級グレードの補充は航空便が使われ、越境ECの個人向け出荷は国際クーリエが担います。運賃と品質保持のバランスに加え、近年は輸送に伴う二酸化炭素排出量の開示を求める海外顧客も現れており、物流設計にサステナビリティの観点が加わりつつあることも新しい動きです。将来的には、輸送・保管の温度履歴やロット情報を電子的に共有し、産地から店頭までの品質を連続的に証明する仕組みが、プレミアム抹茶の標準仕様になっていくと見られます。
調達・販売戦略への示唆
原料高騰と品薄が続く現在の市場では、サプライチェーン上の「どこで在庫と価格変動リスクを持つか」が事業の成否を分けます。海外バイヤーは複数年契約や前払いによる数量確保に動いており、日本側の輸出者にも、単年のスポット取引から関係性ベースの長期取引への移行が求められています。
物流・商流の再設計は一朝一夕にはできませんが、それだけに一度構築すれば模倣されにくい競争優位になります。品質保持の物流体制、現地在庫、規制対応、顧客との長期契約。これらが束になったとき、単なる「良い抹茶を持っている」事業者との差は決定的なものになります。急拡大期の混雑が落ち着いたとき、選ばれ続けるのは商品力と供給体制の両方を備えた事業者であることは、他の輸出産業の歴史が示す通りです。
- 抹茶は鮮度商品。物流設計そのものが品質とブランド価値を決める
- 付加価値は産地の仕上げ・粉砕工程に集中。国内仕上げ・輸出が主流
- チャネルは商社経由・直接輸出・越境ECの3類型。二極化が進行
- リーファー輸送・窒素充填・遮光包材が品質保持の標準装備に
- スポット取引から複数年契約へ。川上を押さえる動きが加速
こうしたサプライチェーンの変化を主導しているのは、産地の問屋・メーカーと海外ブランドです。「主要プレイヤーの動向」で、業界を動かす企業群の顔ぶれと戦略を報告します。